赤い鳥と青い鳥~2021年宙組公演「夢千鳥」~

噂には聞いていたが、凄まじい作品だった。演者のレベルは誰をとっても驚くほど高く、脚本・演出も素晴らしく、これぞバウ作品!!と言える意欲作、という印象だった。セットが鳥かごなのも良い。青い鳥が舞うプロローグ、音楽も美しい。ネガティブな要素が見つからない。良すぎ。ビビっちゃった。

そらちゃん(和希そらさん)も仰っていた本作のテーマ、「愛とは何か」。これは竹久夢二の物語であり、何より、白澤優二郎の物語であった。彼は誰より求めていた。「愛とは何か」、その答えを。

事実婚状態の赤羽礼奈とは諍いばかり、憎み合うように愛し合っている映画監督・白澤は、「夢千鳥」の撮影をしていくうち、主人公・竹久夢二に自分を重ね合わせ、映画のラストに描く「愛とは何か」の答えを探し、苦悩する。「夢二はどの女のことも愛していなかったように思う。」その言葉が出てきたのは、白澤自身が、誰のことも愛してはいなかったからなのだろうか。

夢二と三人の恋人を軸に描かれていたが、やはりじゅっちゃん(天彩峰里さん)演じる他万喜との場面は圧倒的だった。夢二と他万喜もまた諍いばかり。怒鳴り合いながら喧嘩し、愛しているはずなのに素直に伝えることが出来ず、二人の関係には少しずつ歪みが生じ始める。画家の東郷と他万喜が関係を持っているのでは、と疑った夢二は、怒りを爆発させる。その姿は、まるで彼女に甘えているかのようだった。どんなに酷いことをしても、この人は自分の傍にいてくれる。そんな甘えだった。叩いて、怒鳴って、引き倒して、長いキスをして。甘えるように抱いて、首を絞めて、東郷と絡む他万喜の姿に嫉妬の炎を燃やす。自分に絡みつく女たちに阻まれて他万喜の元へ行けない。夢二の心情が見えるようだった。彼女を折檻した日は筆が進み、素晴らしい美人画が出来上がるのだそうだ。怒りに駆られた夢二に切りつけられ、他万喜は泣いていた。しかし夢二はそんな彼女を一心不乱に描いていた。これが愛の形だと、彼は思っていたのだろう。そしてその愛情を、他万喜は感じていた。吹き出す血を赤い羽根で表現する演出に鳥肌が立った。

夢二の愛情表現も歪み切っているが、他万喜もまた強烈である。夢二の元へ、山吹ひばりちゃん演じる彦乃が絵の教示を求めに来た時、夢二に向けた目は、人を殺せそうな程鋭く冷え切っていた。かと思えば、彦乃に心奪われる夢二を見て、彼の芸術には彼女が必要不可欠という考えから、彦乃の両親に「私の夫のお嫁さんに、娘さんをいただきたい」と頭を下げる。他万喜は夢二の芸術を理解していたに違いない。そして、これが他万喜の愛の形なのだ。「娘さんはもう、女ですよ」と言い放った他万喜の目は、また人を殺せそうな目をしていた。夢二への愛故の激情を秘めた目。それを表現できちゃうじゅっちゃん。すごいわ。

しかしその愛は、夢二には伝わってはいない。彦乃を妻として迎えここに住まわせてはどうか、との他万喜の提案に「君はおかしい」と言った夢二は、「おかしくなんてない…」と返した彼女の目を見て、怯えたような顔をしていた。彼女の常軌を逸した愛の形をその目に見たのだ。

結局夢二が逃げるように京都へ行き二人は破局したが、夢二が亡くなった後、他万喜は「夢二が世話になったから」と言って彼が息を引き取った療養所で無償でしばらく働いたというのだから、その愛は本物だったのだろう。

鳥かごに入れられた赤い鳥は他万喜なのだと思っていた。けれど、途中からあれは夢二なのでは、と気付いた。相手を鳥かごに閉じ込めたい、より強くそう思っていたのは他万喜だと思ったし、フィナーレで「赤い鳥逃げた」が歌われていたけれど、逃げたのは夢二だったのだから。そうだとしたら、なんて美しい、見事な表現だろうか。

白澤が撮っている映画のラストに描かれるべき「愛」を「青い鳥」と表現していたのがまた美しい。それはこの世に一羽だけではない、無数に存在し、あたためることで生まれるもの。時には鳥かごに閉じ込め、しかし時には解き放つことも必要なもの。幸福の象徴でもある青い鳥。誰もが誰かの愛に、幸福になり得る、青い卵。少しあたためては離れて別の卵をあたため、また離れて別の卵を、と孵化を待てなかった夢二とは違い、白澤は礼奈を「あたためること」を決めた。映画のラスト、夢二がお葉に言った言葉は、白澤から礼奈に対しての愛の言葉だったのかもしれない。

これがデビュー作だなんて、栗田優香先生はこれからどうなっちゃうのかしら。随所に散りばめられた表現のセンスに感動が湧き上がってくる。そして、演者の使い方の上手い演出家の先生は本当に信頼出来ると今回改めて思った。今後がとても楽しみだ、栗田先生も、そらちゃんも、じゅっちゃんも。そして下級生達の奮闘も素晴らしかった。上級生が大量に退団してしまう宙組だけれど、それでも、宙組の未来はまだまだ明るい。そう確信させてくれる作品だった。