正義が格好良いんじゃない、格好良いが正義だ!!~2021年星組公演「柳生忍法帖」~

あまり先入観を持ちたくない派なので基本的には予習をせず観に行くのが好きなのだけれど、今回はなんとなく気が向いて、原作を読んでから観劇に臨むことにした。原作を読んだ感想。「どうしてこれを宝塚でやろうと思ったの…?」

無論、原作はとても面白かった。敵役である加藤明成と会津七本槍が江戸の花地獄で憂き目に遭う場面など、強者共が揃いも揃ってポンコツすぎて最高に愛おしかった。しかし。しかしだ。「清く、正しく、美しく」がモットーの宝塚歌劇団で「柳生忍法帖」を実現するには難しい場面があまりに多すぎる。有り体に言えば、品のない場面が多い。しかしその品のない場面こそ作品の持ち味であるため、それをなくせばきっと作品が死ぬ。これどうするの?読むほどに期待と不安が綯交ぜになって落ち着きをなくし、加えて108歳のおじい役を愛月ひかるさんが演じると知ってパニックに陥り、ポスターの愛月さんのビジュアルを見て最早悟りを開いたが如く冷静になった。どう見たって30代にしか見えない108歳が実現する。細かい事にいちいち突っ込みを入れるのは野暮ってもんだ。

実際見てみると、原作とはだいぶ違う部分が多いものの、とても楽しい作品だった。とにかく柳生十兵衛(礼真琴さん)が格好良い。これに尽きる。これだけで作品自体が成り立っている感じすらある。登場からして最高なのだ。東慶寺の仏殿の場面、オーケストラピットから現れて銀橋に座り、「事の次第が分かったか」と沢庵和尚(天寿光希さん)に声を掛けられると、「なるほど、面白うござる」と一言、スポットライトが当たり、姿を現す。これがもう最高に格好良い。座っているシルエットすらあまりに格好良いので、それを見たいが為に、十兵衛さんがオーケストラピットから姿を現す少し前から指揮者の先生の後頭部をガン見してスタンバイしている。それくらい好き。ここから主題歌までの流れも良いし主題歌もめちゃくちゃ格好良い。堀一族の女たちに対し「道は示す だが助けは与えない」と歌うところが一番好き。これぞ柳生十兵衛!!とテンションが上がる。そしてあれだけ刀を振り回しながらも全くブレることのない歌声。「礼真琴史上一番キツい」と礼さんご自身仰っていたが、そんな風には全く見えない。このクオリティに到達する為にどれだけ血の滲むような努力をされたのか、それを想像するだけで鳥肌が立つ。殺陣の身のこなしは流石だし、鶴ヶ城での芝居も胸を打たれる。初めて己が思うまま行動し散っていくおゆら(舞空瞳さん)に向ける眼差しは哀しく、本懐を遂げた堀一族の女たちに向ける眼差しはこの上なくあたたかい。敵さえも認める剣の腕と、その豪傑ぶりに反して滲み出る深い優しさ。礼さんご本人をそのまま表しているような柳生十兵衛という男、観れば観るほど好きになってしまう。

そして、この公演を最後に宝塚を退団される愛月ひかるさん。芦名銅伯という108歳のおじいの役に挑戦されているけれど、なるほどこういう描き方か、と納得した。見た目はヨボヨボのお年寄りではないし、年齢についても「齢百を超え」とセリフの中でさらっと出てくるだけなのだけれど、愛月さんのこの世のものとは思えぬ美しさと妖しい輝きが、銅伯を「人智を超えた存在」たらしめている。これはすごいことだなあと思う。確かにタカラジェンヌは類稀な美しさを持つ人ばかりだけれど、ここまで“人間離れしている”ことをただそこに立っているだけで表現出来る人は多くはない。これまで多くの“人ならざる者”を演じ、圧倒的な美しさを持つ愛月さんの集大成とも言えるお役だ。更に、銅伯と血を分けた双子である天海大僧正がまた良い。同じ愛月さんなのに、全くの別人に見える。眼差しや声音だけでなく、纏うオーラすら別人なのだ。天海大僧正は春の日差しのように柔らかい光を放ちながら、どこか寂し気な空気も纏う。この柔らかさがまた愛月さんそのもののようでキュンとする。私は、舞台上であれだけ格好良い、「ザ・男役」と言っても過言ではない愛月さんの、素のふんわりした空気感がとても好きなので、その片鱗を最後の作品で観ることが出来てとても嬉しく思っている。そして当たり前のことだけどこれだけは言っておきたい。愛月さん、めちゃくちゃ格好良い。そして、めちゃくちゃ格好良いにも関わらず意外とおっちょこちょいなエピソードが出てくるからもうたまらんのです。魅力が底なし。さすが愛月ひかるさん。

お二人が直接斬り合う場面は本当に短いのだけれど、間違いなく十兵衛対銅伯の物語であり、礼さん・愛月さんの存在あってこそ成立している物語だ。シャーロック・ホームズの時の真風さん・芹香さんと同様に、このお二人も運命の敵役なのだなあと思った。

色々書いたけれど、宝塚版「柳生忍法帖」はとにかくエンターテインメントとしてとても面白い。細かいことは突っ込み所満載だが、そんなものは登場人物たちの格好良さが全て吹き飛ばしてくれる。格好良いこそ正義だ。確かな実力を持つ豪傑ヒーロー・礼さんと、最後の最後でこれだけ妖しく美しく格好良い悪役に徹している愛月さんは一見の価値があるから皆さん観てください。