戦う娘役~2021年星組公演「柳生忍法帖」~

柳生忍法帖。物語の展開が目まぐるしくて、心をどこに落ちつけて観れば良いのか見出すのに時間がかかったのだけれど、数回見て、ようやく感情移入出来る人を二人も見つけた。

まず一人目。堀主水(美稀千種さん)の娘・お千絵ちゃん(小桜ほのかさん)。これはもうほのかちゃんのお芝居の素晴らしさあってこそ。小説を読んでイメージしていた通りのお千絵ちゃんがそこにいて、とてもとても感動した。美しいだけでなく、聡明で思慮深い。凛とした佇まいで、父が殺される前から“武士の娘”としてどこか腹を括っているような表情をしている。日によってお芝居が違ったように思うけれど、堀主水がお千絵ちゃんを妾にしようとしている主君の加藤明成(輝咲玲央さん)に対して、「あの化け物たち(会津七本槍)と手を切ってくれるなら娘はいかようにでも」と言った時、「とうにその覚悟は決まっている」とでもいうような強い眼差しで明成を見つめるお千絵ちゃんの顔が私はとても好きだった。父と共にお千絵ちゃんも戦っているのだ。そう思わせてくれる表情だった。

東慶寺仏殿の場面もまた良い。柳生十兵衛(礼真琴さん)が女たちでは到底会津七本槍には敵わない、と少しバカにしたように言った時、お千絵ちゃんはそれはそれは凄絶な顔をしていた。復讐に燃える女の、恐ろしく美しい顔だ。お千絵ちゃんの婢・お笛ちゃん(澪乃桜季さん)が十兵衛の言葉に怒り平手打ちを食らわせていたけれど、お笛ちゃんがやらなければお千絵ちゃんが同じことをしていたのだろうなと思う。そしてお千絵ちゃんの聡明さが際立つのが鈴の件だ。男子禁制の東慶寺において、男の客人には腰に鈴を付けさせその音により男の存在を知らせるようにしている中、どんなに動いても、十兵衛の鈴は鳴らない。その事に気付くまでの一連の表情の変化、そして「気付きませぬか、鈴が鳴っておりません」という台詞の言い回し。全てが、小説から抜け出てきたお千絵ちゃんそのもの。ほのかちゃん…本当にすごい…。

復讐に命を燃やし戦っている時の強い女の顔もとても良いけれど、お祭りの場面などではほのかちゃんらしいふんわりとした笑顔を見られるのもまた幸せだ。とにかくお千絵ちゃんのお芝居はとても良い。気付くと見入ってしまっている。

そしてもう一人。登場場面は少ないけれどとっても美味しい役・天丸ちゃん(瑠璃花夏ちゃん)。加藤明成により捕らえられた姉(都優奈さん)を救い出す為、地丸(星咲希さん)・風丸(綾音美蘭さん)と共に具足丈之進(漣レイラさん)に付き従う少年。こういう悲しい背景がある役に弱い。前作「婆娑羅の玄孫」では元気いっぱい可愛い女の子だった瑠璃ちゃん、今回は悲しみを纏った美しい少年で息をのんだ。堀一族の女たちとの闘いの中で窮地に陥った丈之進が、天丸たちを盾とし、地丸もろとも堀一族の女を刺し殺そうとする。無残に殺される地丸、それを見て怯える風丸に天丸は言う。「耐えてくれ風丸、姉様のために!」しかし風丸も地丸と同じように刺し殺され、最期の力でたった一言を遺すのだ。「天…丸…」

この瞬間、天丸の心にどれだけの罪悪感が沸き上がったことだろうか。自身の姉を助ける為、二人が命を落とすことになってしまった。その罪悪感が彼を動かしたのだろうか。刀を手に、「地丸…風丸…」と悔恨を零して丈之進に一太刀浴びせるも、返り討ちにあってしまう。そして、深手を負った状態で姉の待つ鶴ヶ城へ戻ろうと歩を進めるが、道半ばで絶命する。姉がいつも歌ってくれた童歌を歌いながら…。きっと、言う事を聞けば絶対に助けてもらえるなんて甘い考えは最初からなかったのだろう。それでも、言う事を聞かなければ姉を傷付けられることは絶対だと分かっていたから、それまでずっと我慢をしてきた。それなのに。自分と同じ我慢を強いてきた地丸・風丸が殺されるのを目の当たりにして、天丸は我慢の限界を感じてしまったのだ。たとえここで刺し違えても、この男を生かしてはおけない。その想いが彼を最悪の結末へと導いてしまった。なんて哀しい少年。

原作の天丸・地丸・風丸は犬でありながら人間である丈之進と心を通わせ、「亡骸を捨て置くことは出来ない」と言わしめるほど大切にされていたのに、宝塚版では人間として描かれていながら物のように扱われていたのがまた哀しい。そして何より辛いのは、天丸の姉は天丸が生きていると思っているのだ。彼の哀しい結末を、十兵衛(礼真琴さん)は天丸の姉に伝えることが出来なかった。それは十兵衛の優しさであり、残酷な部分でもある。帰らぬ弟を待ちながら生きるのは辛いだろう。天丸の姉のこれからを思うと涙を禁じ得ない。

今回の公演は礼真琴さん筆頭に男役さんたちがめちゃくちゃ格好良いのも嬉しいけれど、娘役さんたちも、堀一族の女、おとねちゃん(水乃ゆりさん)、天丸・地丸・風丸など、見せ場のあるお役が多くて嬉しい。登場人物が多すぎて若干しっちゃかめっちゃか感はあるけれど、私は娘役さんが大好きなので、宝塚版「柳生忍法帖」は大変心躍る演目です。