結論、瀬央さんが好きって話~2019年星組公演「龍の宮物語」~
以前友人が「瀬央さんって友達になれそう」「友達になりたいジェンヌさんぶっちぎりNO.1」と言っているのを聞いて、大きく頷いた事がある。友達になるなんて絶対あり得ないのは承知の上なのだけれど、瀬央ゆりあさんにはそういう魅力があると思う。いつだって明るく元気で、どんな人でも優しくあたたかく受け入れてくれそうな、誰からも愛される清らかで広い心を持った人、というイメージがあるからだ。
「夜叉ヶ池伝説」とおとぎ話「浦島太郎」を基に作られた「龍の宮物語」。主人公・伊予部清彦(瀬央ゆりあさん)は友人たちとの百物語で、夜叉ヶ池伝説について知る。翌日一人で池に向かった清彦は、山賊に襲われている一人の女性(有沙瞳さん)を助ける。お礼にと女性に連れていかれたのが、夜叉ヶ池の底にある龍神の城・龍の宮だった。実は助けた女性は龍の宮の姫・玉姫であり、彼女は清彦の先祖への恨みから彼の一族の血を途絶えさせようと復讐に燃えているが、清彦の優しさに触れ、次第に心が揺らいでいく…。
瀬央さんの持つ清らかさは清彦さんにぴたりとハマっていて、だからこそ物語が進むにつれ一層悲愴感が増す。純粋な清彦さんの心はとても脆く繊細で、どこか寂しさや悲しみを纏っている。友人や愛する人をとても大切にすることが出来る反面、拠り所となる誰かがいないと生きていけない人。自分だけを大切にして生きていくことが出来ない、それが清彦さんなのだ。
清彦さんの優しさを象徴する場面は作中の随所に散りばめられているのだけれど、なんでだろう、清彦さんの優しさを見ていると、どうしようもなく苦しくなる瞬間がある。宴会の席でお酒をこぼし清彦さんの着物にかけてしまった笹丸(澄華あまねさん)に対して「僕に気を遣ってくれたのだね、ありがとう」という声はこの上なく優しくて涙が出てくるし、龍の宮という素晴らしい場所にいても少しも嬉しげでない玉姫様を想い「何か欲しいものはありませんか」と問うその思いやりに胸が締め付けられる。この辺りで、私は薄っすら感じ始めていたのかもしれない。清彦さんは、他人を大切にするあまり、自分を大切にしてくれない人なのだと。
それを確信したのは、龍の宮から戻ってきた清彦さんが、雨乞いのため贄とされそうになっている雪子さん(水乃ゆりさん)を助けようとする場面だ。「僕が代わりにやります。出来なかったら僕を殺すなりどうとでもしてください。」誰かのために、平気で命を差し出す。そして、小刀で手を切られて痛いはずなのに、その時出た言葉は「すみません。山彦にもすまないと伝えてください。」どこまでも誰かを気遣う清彦さん。それだけでも苦しいのに、極めつけは、百合子さん(水乃ゆりさん)が亡くなった悲しみよりも、雪子さんのこれからを憂えるよりも、玉姫様に会いたいという気持ちが大きくなってしまった自分のことを「僕はとても酷いやつなんだ」と嘲笑するのだ。辛い。辛すぎる。あなたは酷いやつなんかじゃない。他人よりも自分の心を優先することに後ろめたさを覚えて、自分を傷付けるような言葉を吐き出す。優しい人のそんな姿を見ることほど、辛いことはない。その後また龍の宮へと向かった清彦さんは、玉姫様に対して「貴女のお心が晴れるなら、僕を殺してください」などと言うし、逆に玉姫様に「私に人の心があるうちにお前に殺めてほしい」と言われたら短剣を手にして振り上げる。結局玉姫様への愛から殺すことは出来ない。でも、自分の命を差し出すことも、人を殺めるという業を背負うことも厭わないというのは、流石に自分を大事にしなさすぎじゃないか。行き過ぎた純粋さは時に狂気をはらむ。玉姫様が龍である自分を化け物と言ったけれど、清彦さんもまた、純粋さが生んだ化け物のような気がした。
清彦さんはその後生きて地上へ帰される。けれど、果たして彼は、生きていくことが出来るのだろうか。「雨降る日は必ず貴女のことを思い出すよ」なんて生きていく意志を感じさせるようなことを言っているが、愛する玉姫様を失った清彦さんは、今じゃなくても、いつかは夜叉ヶ池にその身を投げてしまうのではないか…。そんな風に思わせるラストだった。いつだってキラキラと美しさを失わない瀬央さんの瞳が、龍の宮物語のラストだけは、奥底が澱んでいるように見えたからだ。
「ヒトを助ける為に自分を犠牲にするコトがどれ程、相手を傷付けるか それが大切に思うヒトなら、尚更だと」私の大好きな漫画「xxxHOLiC」に出てくる台詞が、清彦さんにも当てはまる。作品を見ているうちに、私の中に清彦さんを大切に思う気持ちが芽生え、大きく育ち、自分を犠牲にする姿を見てとても傷付く。深く知らなくても「大切な人」と思ってしまうような魅力は清彦さんも瀬央さんも同じで、このお役は瀬央さんにピッタリだったなと心底思った。結論、そんな瀬央さんが大好きってことです。