宰相オンブルという影~2022年星組公演「めぐり会いは再び next generation」~

本作の敵役と言えるのが、綺城ひか理さん演じる宰相オンブルである。オンブル家の地位を盤石とする為、王女の花婿選びに自分の息子を潜り込ませ、息子のライバルとなりそうな花婿候補を事前に排除する周到っぷり。息子ことロナン(極美慎さん)にはジュディス(小桜ほのかさん)という恋人がおり結婚を望んでいるが、父に反発することが出来ないロナンは、王女と結婚しても愛人としてジュディスとの関係を続けることを誓っている。仕事は出来るのに息子の気持ちは分かっていない。いや分からない振りをしているのかもしれない。それが宰相オンブルという人だ。

予定外に花婿選びに参加したルーチェ(礼真琴さん)を排除する為、彼が身を寄せるレグルス探偵事務所を部下に襲わせた。ただそれが運の尽き、探偵事務所の発明家・アニスちゃん(水乃ゆりさん)が発明した録音機のお陰で悪事がバレて、花婿候補の最終審査を前に国王他多くの人々が見ている中でその悪事を糾弾されてしまう。

この糾弾から逃走の場面のオンブル殿、涙なしでは見られないのである。「全てお前の為」と息子を縛りつけ、成し遂げたこともかなぐり捨てて己の地位を確立できる他国へ息子ともども逃げようとするオンブル殿は、ルーチェに「もっと子供を信頼しろよ」と諭され、ロナンからも「ジュディスと結婚したい」と打ち明けられて茫然自失となる。何が泣けるかって、ロナンに打ち明けられた際、短く息を漏らして言葉を紡ごうとしても、全く言葉が出てこないのである。けれど、言葉を発さないからこそ、伝わる想いがある。ひとえに綺城さんのお芝居の素晴らしさである。

めぐり会いは再び史上最も悪い男と言われる宰相オンブルだが、当て書きされている役者が綺城ひか理さんという、過去に出演者全員が苦労した演目の映像を見ながら当時を思い出しぽろぽろ涙を流すような優しい人であるために、どうしても、「悪い人じゃないんじゃないか」と思えてくる。本当に、悪気はなかった。愛する息子が苦労せず生きられる道を用意してあげたい、その一心で“悪事”を働いたのではないか。

まずもって、プロローグでオンブル殿が歌っている歌詞が「誰かのために生きる日々を守るために」なのがもう駄目だ。めちゃくちゃ良い人じゃないですか。そもそも誰かの為に生きたい人なんですよオンブル殿は。王とその家族を守る為に生きていた日々が彼にとっては最も輝かしい日々であり、その時が一番生きていると実感出来ていたに違いない。王に対する忠誠心も人一倍強かったのだろう。だからこそ、王が王女の命を守る為、自分ではなく呑気な親戚に王女を預けて育てさせるという、裏切りとも思える行為が許せなかった。これまで命を懸けて守ってきたのは自分なのに、ただ血縁であるというだけで、あんな呑気な男に。血縁という絆からはじき出され復讐を誓うオンブル殿。しかし、ここからが彼の憎めないところ。本当に悪い奴なら、「あいつら全員殺して私が王になる」という選択をするでしょう。私だったらそうします。でも彼は違います。彼の選択は、「なんとしても息子を王女の婿にし自分たちも血縁に加わる」なんですよ。ここで気づいてしまう。王に対する忠誠心を捨てきれていない、非情になりきれないオンブル殿の心の優しさに。裏切られたことへの悔しさも憤りもあるのに、それでもやっぱり王に刃を向けることは出来ない。痛い。心が痛いよ…。

全ては息子が生きやすい道を用意する為。それまで常に冷静沈着だったオンブル殿が髪を振り乱しながら必死になって戦って、アクシデントとはいえ愛する息子さえも手にした剣で傷付けてしまって、己の行いを省みて、一人その場を去ろうとする。ルーチェに「もっと子供を信頼しろよ」と言われた時の表情、ロナンに「本当はジュディスと結婚したい」と告げられた時の表情、そして去ろうとする時の表情。どれをとっても涙なしには見られない。息子を幸せにすることが目的で、その為に王の血縁に入る、という手段を取ろうとしていたのに、いつしかその手段が目的になってしまっていた。そのことをルーチェとロナンによって突き付けられたオンブル殿の顔…心が抉られる…辛い…。

 

5月30日放送のラジオ関西「ビバ!タカラジェンヌ」にて、極美慎さんが次のように語っていた。

「設定としては、母上が亡くなって、それで父上がどんどん変わってしまって、悪事に加担した」

ほらやっぱりオンブル殿は心底悪い奴ではないではないか。オンブルこじらせ芸人のワタクシ、大劇場公演千秋楽の夜にこんな特大の爆弾を投下されて、ただただ泣くことしか出来ず、翌朝目がパンパンに腫れてしまった。

ここからは完全に妄想なので無理な方は読まないでほしいのだけれど、オンブル殿も親が決めた結婚を捨てて、自分が本当に愛する人と結婚したのではないか。親に反発し、それこそ盤石の地位を築くことの出来る結婚を捨ててまで手に入れた幸せな生活。けれど愛する妻と死別してしまって大いに苦しみ、自分と同じ苦しみを味わわせない為に、どんな手を使ってでも息子の幸せを守ろうと思ったのではないだろうか。(にもかかわらず、ロナンに「この想い二度ときっと繰り返させない」と言われているのが物凄く切ない。自分の苦しみを息子に繰り返させない為にしたことが、その息子によって否定されているのだから。)けれどロナンもまた、かつての自分のように、愛を貫くことを選んだ。「本当はジュディスと結婚したい」と言われた時、オンブル殿の脳裏に過ったのが、妻を亡くした悲しい想い出ではなく、妻と息子と過ごしたあたたかい想い出であったことを願ってやまない。

めぐり会いは再びに唯一出現した影の部分、オンブル殿。他の登場人物たちがどこまでも明るく幸せそうだからこそ、唯一影の部分を背負うオンブル殿、そしてロナンに対する想いは募るばかりだ。とにかくオンブル殿には、美味しいものをいっぱい食べて、ゆっくりお風呂に浸かって、ふかふかのベッドで心穏やかに休んでほしい。