人がゴミのようだ~2023年星組公演「1789―バスティーユの恋人たち―」~

「人ではなく物だと思いなさい」

これは、有沙瞳さんが「王家に捧ぐ歌」でファラオの娘・アムネリスを演じる際に、彼女の優しすぎる気質を見た演出家・木村信司氏に言われたという言葉だ。なるほど、確かに王族というものは生まれながらにして高貴な身分であり、下々の人間など物に等しいのかもしれない。今回の「1789」において、瀬央ゆりあさん演じるシャルル・アルトワ伯にとってもそうなのだろうが、彼の目はひんやりと冷たく、物どころかまるでゴミでも見るかのようでゾクゾクする。瀬央ゆりあさんという人がどれほど優しく、愉快であたたかい人であるかを知っているからこそ、あの冷え切った眼差しの凄みに毎度心の中で平伏している。

ブルボンの血を引くことに高い自尊心を持ち、「私は神だ」と豪語するアルトワ伯。己の利益のために知恵を働かせ、国王である兄・ルイ16世(ひろ香祐さん)にはない強引さと圧倒的な威圧感で事を進めていく姿は痛快ですらある。そして、あれだけの大物でありながら、手下が頓珍漢な秘密警察であることには好感が持てる。もしかして…人望ないの…???

兎にも角にも、瀬央さんのお芝居が絶品なのだ。台詞回しがいちいち素晴らしい。一大スキャンダルを目撃したロナン(礼真琴さん)が印刷所に潜伏していることを知った際に心底愉快そうに言う「摘発しろ」、市民に対する情を見せ粛清を回避しようとする国王に対する苛立ちを露わに言う「手緩い」、市民が蜂起してもなお粛清に迷いを見せる国王に威圧感たっぷりに言う「この期に及んでまだ迷うのですか?」どれをとっても、本当に自分の利益以外頭にない人の言い方なのだ。ある意味では最もピュアな人なのかもしれない。それにしても、アルトワ伯様が人間として認識している人っているんですかね?自分以外は全員ゴミだと思ってるんじゃないでしょうか。瀬央さんのことを何もご存じない方がご覧になったら、「あの人めちゃめちゃ性格歪んでるんだろうな」って瀬央さんの人間性すら疑われかねない芝居心。根っからの王族気質。圧巻。

望むものなんでも手に入れられるアルトワ伯様が手に出来なかった数少ないもののうちの一つがオランプ(舞空瞳さん)である。唯一、と言っても良いかもしれない。王族に仕える身でありながら自分におもねることのないオランプを媚薬まで使って手篭めにしようとしたり、革命後の地位をチラつかせ自分の物にしようとしたり。別にオランプ個人に執着心などないクセに、手に入らないことが悔しくて追いかけまわすもことごとく失敗し、果ては彼女に拳銃を向けられて、「平民に武器を持たせるとロクなことはない」と捨て台詞を吐いて去っていく。そこがちょっとダサくて憎めない。

本編が終わりフィナーレの始まり、先ほどまで客席すらもゴミを見るかのような目でご覧になっていたアルトワ伯様が、愛に満ちた眼差しで客席をあたたかく見渡す瀬央ゆりあさんとして出てきた時にはもう脳がバグってしまう。あんな人出てませんでしたけど?誰?えっアルトワ伯様!?嘘つけあんな性格歪んだ男があんな優しい顔する訳ないじゃん。いやでもあの美しいお顔立ちは確かにアルトワ伯様…。カラコンを入れてらっしゃるその瞳の透明感と輝きにときめく。あの目がさっきまで私たちをゴミでも見るかのように見ていた訳で…。素晴らしいお芝居をする方は、瞳の温度すら自在に操ることが出来るのだなあ。

この公演を持って専科への異動が決まっている瀬央さん。そりゃあこんなにお芝居が出来る人、各組に欲しいですよねえ、と理解は出来るけれど、やっぱり納得できていない自分がいる。寂しい。だって“星組の”瀬央ゆりあさんが大好きだから。千秋楽の幕が下りるその瞬間まで、礼さんのお隣にいる“星組の”瀬央ゆりあさんをしっかりこの目に焼き付けたい。

宝塚

Posted by malchan