「粗忽者のベンヴォーリオ」についての考察~2021年星組公演「ロミオとジュリエット」~

2021年5月18日

「粗忽者のベンヴォーリオがやっと落ち着く気になったか。」

神父様のこのセリフ、ずっと引っかかっていた。粗忽者?しっかり者の大人っぽいあの男が?どこがやねんってずっと思っていたけど、あかさん(綺城あか理さん)が宝塚カフェブレイクに出演されていた時の話で、ああなるほど、確かにな、と納得した。

「粗忽者って究極の伏線だと思ってて、そそっかしいから”ジュリエットは死んだよ”って言ってしまう。神父様と一言会話しておけば、あんなことにならなくて済んだのに。」ベンヴォーリオが粗忽者であることへのあかさんの解釈は、私の胸にすとんと落ちた。なるほどなぁ。

そこからよくよく考えてみた。そして思い至った。彼はのっけからとんでもないおっちょこちょい野郎ではないか。だって、ロミオが手にしていたたんぽぽの綿毛でくしゃみをした後、すぐそこにロミオが隠れていることに気付かず、明後日の方向へと走り去っていくのだ。1幕第3場という序盤中の序盤で彼は持ち前のおっちょこちょいを発揮している。あまり気にしていなかったが、よく考えてみれば、それこそマントヴァでのあの発言の伏線なのだ。

「狂気の沙汰(リプライズ)」~「ロミオの嘆き」は、ABの対比が面白い。恐らく、マントヴァに至るまでの心情は、AとBでは全く違うと思うのだ。

A日程瀬央ゆりあベンヴォーリオの場合。彼は、とにかくこの状況を打開しようと奮闘している。自分しかいないのだからどうにかせねば、自分ならどうにか出来る。とりあえずロミオに事実を伝え、これからどうしていくかを決めよう。どこかポジティブな空気を感じる。「どうやって伝えよう」は友人を失った悲しみがあるものの、「自分がジュリエットの死をロミオに伝える」、その使命感で自分を鼓舞し、真っ直ぐマントヴァへと歩を進めたに違いない。

B日程綺城あか理ベンヴォーリオの場合。彼は、ロミオがおらずマーキューシオも失った今、絶望に近い感情を抱えている。「せめて喪が明けるまで」その言葉は、自分ひとりでどうにかしなくてはいけないプレッシャーに苛まれ、苦し紛れに出た一言のように聞こえる。大パニックに陥った彼は、「自分がジュリエットの死をロミオに伝える」、その使命感に押し潰されそうになりながら、頭を抱え重い足取りでマントヴァに向かったに違いない。

ここからはAもBも同じだと思う。マントヴァでも彼のおっちょこちょいは健在だ。ド直球でジュリエットが亡くなったことを伝えてしまう。普通さ、「ジュリエットは大丈夫か?何か伝言は?」なんて聞かれたら、「あ…元気だよ、お前のことすごく心配してた」くらいの優しい嘘をついてあげるでしょう?ロミオは追放された直後で、ジュリエットへの未練を抱えて沈む夕日と孤独を分け合っちゃってるくらいなんだから。もうちょっと時間をおいてから亡くなったことを伝えた方が良いに決まってるじゃん。でも言っちゃうんだよベンヴォーリオは。ご丁寧に死因まで説明してくれちゃって。

彼はきっと、ロミオの愛の深さを理解しているつもりで、出来ていなかった。「もう俺と君しか残っていない」という歌詞が、彼の致命的な勘違いを象徴している。ジュリエットの死はロミオにとって自身の死と同義であるとは思い至らなかったために、ロミオを追い詰めてしまったのだ。自身の抱く「友情」とロミオの抱く「愛情」を同じ重さだと勘違いしていた。マーキューシオを失っても生きる道を選んだのと同じように、ジュリエットを亡くしたとしても生きる道を選ぶはず、そんな愚かな勘違いが招いた悲劇。案の定ショックで何も見えなくなったロミオに突き放され、「一人にしてくれ」「世界の全てが闇に沈んだ」なんて言われる始末。大いに傷付いたベンヴォーリオは、逃げるように駆け出し姿を消す。恐らく復路のベンヴォーリオは物凄い勢いで駆け抜けたのだと思う。彼もまた、ロミオに突き放されたショックで何も見えなくなり、やり場のない思いに突き動かされ、一目散にヴェローナへ帰ったのではないだろうか。

そして彼はロミオをも失い、本当にひとりぼっちになってしまう。霊廟でロミオの遺体を見つけた彼は茫然としていた。そしてその瞬間、彼は大人になった。もし自分たちが望まぬ諍いをやめていたら、あの日仮面舞踏会になんか行かなければ、あの時マーキューシオを止めることが出来ていたら、自分がジュリエットの死をもっと違う形で伝えていたら…色々な“もし”が過ったことだろう。“もし”を考えるということは、視野を広げるということ、つまり「大人の考え」の第一歩だ。そしてひとりぼっちの彼は、自分の過去の愚かさとひとりぼっちの恐怖と戦いながら、時には死んだ方がマシだなんて思いながら、強く、真っ直ぐ生きていくのだ。

ロミオとジュリエットは、愛し合う二人の悲劇でありながら、一人の青年の成長譚でもある。なんて懐の深い物語なのだろうか。きっと、ベンヴォーリオは平和なヴェローナを支えていってくれることだろう。粗忽者のベンヴォーリオに幸あれ!