マリー・アントワネットという人~2023年星組公演「1789―バスティーユの恋人たち―」~

これまでに触れてきた彼女の歴史をどこか夢物語のように感じていて、マリー・アントワネットという存在を「象徴」とか「概念」のように認識してしまっていたけれど、彼女もまた一人の人間だったのだと思い知らされた。有沙瞳さんのお芝居を観たからだ。

月組で初演された「1789」のマリー・アントワネットは、やはり「概念」に近いというか、夢のような存在であったように思う。芯が強く、高貴で、己の運命に真っ直ぐ立ち向かっていく完璧な女性。演じていたのが愛希れいかさんということもあり、私にとっては偶像のような存在で、洗練された一挙手一投足に心を奪われた。けれど、今回有沙さんが演じるマリー・アントワネットは、完璧とは程遠い存在だ。嘘は下手だし、どこかふわふわ浮足立っていて、恋に焦がれ、あどけない少女のような顔をする。幼い頃に政略結婚を強いられ、恋も知らないままフランスの王太子に嫁いだ世間知らずのプリンセス。その姿がとても人間らしいと思った。初演は王族サイドと民衆サイド、二つの物語が平行して進むような印象があり、主演娘役が演じるアントワネットには王族サイドの主人公として物語を引っ張る“強さ”が必要だった。対して今回の再演では、物語の軸が民衆サイドに移り、主演娘役の舞空瞳さんは王太子の養育係・オランプに配されている。だからこそ、今回のマリー・アントワネットはより人間らしい描き方が出来たのかもしれない。

いわば彼女の成長物語でもあるのだと思う。一国を担う立場にありながら国を憂うことも知らなかったプリンセスが、フェルゼン伯爵(天飛華音さん)との道ならぬ恋や息子の死、民衆たちの蜂起を通して少しずつ自分の置かれた立場と成すべきことを自覚していく。序盤の「全てを賭けて」ではギャンブルに明け暮れ、少女のように恋人について語っていた彼女が、後半の「革命が始まる」では地に足の着いた、しっかりとした意志と威厳を持つ女性に変貌し、その後のお芝居では彼女の人間らしさも垣間見え、涙が止まらなくなる。最も好きな場面と言っても過言ではない、フェルゼン伯爵との別れとオランプとの別れ。亡命を手助けするというフェルゼン伯爵の申し出を断り、国王と共にフランスで生きると宣言するアントワネットと、その覚悟を受け止めるフェルゼン。彼が去り際に残す言葉に、涙を流しながらふんわりと微笑む。まるで「アクセルらしいわ」とでも言うように。そして、ロナン(礼真琴さん)との恋に心が揺れているオランプに対して愛について説き、ロナンの元へ行くようにと告げる。「お暇をいただきます」と涙を流すオランプを優しく抱きしめ、「これでいいのよ」と微笑む。まるで、自分が葬った恋の喜びを託すかのように。オランプが去っていく、その瞬間。はらはらと涙を流しながらその背中を見つめるアントワネットこそ、彼女の本来の姿なのだと思った。どこか寂しそうで、どこまでも清らかで、けれど現実から目を背けない強さがある。「神様の裁き」での圧巻の歌声、十字を切る姿の美しさ。12年間娘役として第一線で活躍してきた有沙さんの花道を飾るのに、これ程までにふさわしいお役はないのではないかと思う。

私が初めて有沙さんと出会ったのは2014年雪組公演「伯爵令嬢」だった。今となっては笑ってしまうのだけど、嘘を吐き伯爵家に転がり込むスリの少女・アンナを演じる有沙さんを見て、この子は本当に性格の悪い子なんだろうな、と本気で思っていた。実際の有沙さんはどうしてもビンタしなくてはならない役なのに「ビンタはしなくても良いですか?」と聞いてしまう程優しくあたたかい、ケラケラ笑う明るい人で、そのお人柄に触れるにつけ、この方はとんでもなく素晴らしい役者さんなのだなあと心底思う。退団されるのはとても寂しいことだけれど、もし退団後も俳優として活動してくださるのなら、更に素晴らしいお芝居を見せてくださるに違いない。

みほちゃん、だ~~~~~~~いすき!!!