名作爆誕・夢千鳥~2021年宙組公演「夢千鳥」~

夢千鳥。画家・詩人として数多くの作品を残した竹久夢二(和希そらさん)と、夢二の人生に大きな影響を与えた三人の女性の物語を映画に収める白澤優二郎(和希そらさん/二役)の物語。夢二の妻・他万喜を天彩峰里さん、夢二に憧れる女学生・彦乃を山吹ひばりさん、職業モデルのお葉を水音志保さんが演じており、この配役は天才の所業だなと思う。特に純粋で男性に対してぎこちなさのある彦乃に、入団3年目の、まだ娘役として完成されていないひばりちゃんを当てたのは大正解だったと思う(偉そうにすみません)。作・演出を担当した栗田優香先生の慧眼が光る本作。配役もさることながら、本当に脚本が素晴らしいなあとつくづく思う。宝塚歌劇という枠を超え、名作と呼べる作品が爆誕してしまったのではないかと。とにかく表現が細やかで奥深い。「そのときは丸髷に結っておくれ」なんてプロポーズ、オシャレ過ぎません???栗田先生のセンスの良さをビシバシ感じる。そして、何気なく置かれている小道具だったり、台詞の位置やそれを発する人だったり、全てに意味があるように思え、なぜこの場面にこの小道具が、この台詞が配置されているのか、そんな事まで考えさせられる。

最も印象に残っているのは、お葉との場面で出てくる鳥籠だ。夢二の部屋に何気なく、しかし異様な存在感を放って置かれている鳥籠。中には、頭から尾にかけて黄色~緑にグラデーションになっている鳥がいる。ともすれば見過ごしてしまいそうな程さりげない。しかし、その鳥の色を見て私はゾッとした。黄色と緑。それは、夢二と出会った頃の彦乃が着ていた着物と袴の配色と同じなのだ。ただそこにいるこの鳥が表現していることとは、一体何なのか。

夢二はその部屋で、窓の外を見つめている。お葉が隣の窓の方が桜がよく見えると言っても動こうとしない。夢二が見ている窓の方角は、彦乃が入院している順天堂病院の方角なのだ。いつまでも彦乃に心を囚われているかのように、夢二は窓の外をじっと見つめている。あの鳥籠は夢二の心だ。夢二の中にいる彦乃は、明るくて可愛くて、自分の芸術に理解を示し、あたたかい言葉をかけてくれる。“出会った頃の”彦乃が、ずっとずっと夢二の心の中に住み続けている。お葉と共に暮らそうと、彦乃との決別ともとれる詩集を出そうと、夢二の心を占めているのは彦乃だ。たった一つの小道具で、そこまで表現しているのではないか。そう考えるともうそのようにしか見えなくなり、段々と栗田先生が怖くなってくる。表現力の鬼か。

そしてもう一つ。夢の中で夢二がこれまで関わってきた人に責め立てられる場面。「文字が読めないはずのお葉が夢二の息子・不二彦に本を読み聞かせていることで、これが現実ではないことを表現している」というのは他の方のツイート見て知り、なるほどとんでもない表現力だなと思ったが、ただそれだけの為に、わざわざ二人に「幸福の青い鳥」を読ませる必要があるのだろうか、と考えてしまう。もっと他の表現でも成立する気がした。しかし、「本物じゃないから、偽物だから、色が変わってしまったり、死んでしまったりするんだ」という不二彦の台詞にゾッとする。この為の場面か、と。私は青い鳥=愛だと考えた。そうすると、色が変わってしまった青い鳥=心変わりし自分から離れていったお葉、死んでしまった青い鳥=病の床に伏し、とうとう命を落とした彦乃と捉えることが出来る。そして、どちらの愛も偽物だったのだと。あの場面、優二郎が夢二の人生にのめりこみすぎていて、そこにいるのが果たしてどちらなのかが曖昧になっており、そんな中での不二彦のあの言葉は、優二郎が自分自身の求めた答えを導き出す為の伏線になっているのではないか。ラストで赤羽礼奈(天彩峰里さん/二役)との愛を選ぶ優二郎。色が変わったり死んでしまった愛と決別し、本物の愛を育む為に、青い鳥が生まれるかもしれない青い卵をあたためる決意につながるのが、不二彦の語る青い鳥だったのだ。なんて…なんて美しいラストなんでしょうかね、夢千鳥。

繊細で美しい脚本を、出演者全員が丁寧に紐解き、体現している。作品としての完成度に泣かされるなんて滅多にない経験で、本当に胸が震えた。殺伐としたコロナ禍で、こんなに尊い作品に出会うことが出来るなんて。

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、たった4日間で公演が終わってしまったことも、この作品を尊く思う一つの要因かもしれない。もしこの作品を上演している段階で、和希そらさんが雪組への異動を知っていたのだとしたら…宙組生として最後の主演作品が、不本意な形で突然千秋楽となり、一層悔しかったに違いない。しかし、だからこそこれほどまでに心揺さぶられ、尊く、宝石みたいに美しい作品に仕上がったのかもしれない。

は~~~脚本が欲しい。台詞ひとつひとつを紐解いてこの歪で美しい愛の物語を噛み締めたい。最高。大好き。私は一生夢千鳥という名の鳥籠に囚われて生きてく所存です。